奄美群島の郷土研究では、江戸時代に奄美群島を支配統治していた薩摩藩が、奄美群島の有力家が所有している古文書を残らず差し出しさせて焼き棄てたため、奄美の歴史はよくわからないといういわゆる「系図差出焼棄論」の通説が広く知られ、根強く支持されています。
この通説について、詳細に検討した論文があるので、ご紹介しておきます。
弓削政己氏(奄美郷土研究会会員、法政大学沖縄文化研究所国内研究員)が、2012年に発表された「奄美諸島の系図焼棄論と『奄美史談』の背景―奄美諸島史把握の基礎的作業―」です。
奄美の郷土研究で、今も繰り返し主張されるこの通説とは、そもそも誰が最初に主張したのでしょうか。弓削氏は、その基本的事実の学史研究をたどりながら、そうした主張がなぜ行われたのか、その社会的背景の考察を進めていきます。
『名瀬市誌』以降の専門家による歴史学研究の進展は、薩摩藩による「系図差出焼棄論」が史実ではないことを明らかにしてきました。しかし、弓削氏は、そのことは現代奄美社会の人びとに容易には理解されない問題だと位置づけます。既に「系図差出焼棄論」に対する専門家の批判的検討が繰り返し発表されているにもかかわらず、社会的認知は決して十分得られていない現実があるからです。
そこで、弓削氏は、この「系図差出焼棄論」が執拗に支持されてきた奄美社会における歴史意識の成立背景の考察へと進んでいきます。奄美群島史研究に横たわる複雑で繊細な本質的課題に対して、どのように歴史学研究の取り組みを進めていくべきか、今後の研究の方法論的課題まで示した基礎的研究です。
弓削政己「奄美諸島の系図焼棄論と『奄美史談』の背景―奄美諸島史把握の基礎的作業―」(外部リンク)
『沖縄文化研究』第38号、2012年、法政大学沖縄文化研究所