平山久美子「大島高等女学校廃校問題の一背景」

 現在の鹿児島県立奄美高等学校の場所には、かつてカトリック系私立大島高等女学校が所在していたのをご存知ですか。
 この大島高等女学校は、カトリック排撃運動により、昭和8(1933)年に廃校しています。そして大正6(1917)年に創立された名瀬実科女高等学校が、組織・名称等を次第に変えながら、鹿児島県立奄美高等女学校となり、もともと大島高等女学校が所在していた場所に移転してきます。
 戦前の奄美大島で展開したカトリック排撃運動により、大島高等女学校が廃校に追い込まれる様子を、国立公文書館に保存されている関係史料から分析している論文です。
 明治34(1901)年に奄美大島要塞司令部が設置されて、奄美大島が「国防」の拠点化していく過程で、司令官・笠 蔵次がカトリック排撃運動を展開、昭和2(1927)年に昭和天皇が奄美大島に行幸を契機として、島民の皇民化意識が高まり、カトリック排撃運動が高まる社会の流れなどが考察されています。
 通称「奄高」で親しまれている鹿児島県立奄美高等学校に秘められた数奇な運命。そんな歴史と当時の社会背景について、この論文から学ぶことができます。

平山久美子「大島高等女学校廃校問題の一背景-町立名瀬実科高等女学校の組織変更・県立移管への動向-」(外部リンク)
『鹿児島純心女子短期大学研究紀要』第37号、2007年、鹿児島純心女子短期大学

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